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64年前の1945年8月9日11時2分、長崎浦上の上空500メートルで一発の原子爆弾が炸裂し、一瞬のうちに長崎の街は破壊されました。無心に遊んでいた子供たち、工場で働いていた女学生、お昼の準備をしていたお母さん・・・ 何の罪もない多くの人々が尊い命を奪われました。辛うじて助かった人々もひどい火傷を負い、水を求めてさまよい歩き、苦しみながら死んでいきました。本当に地獄の様なありさまだったと聞いています。そして、今も、被爆した人々の苦しみは続いています。
私たち長崎に住む者は、小さい頃から原爆の話を聞いたり、写真を見たりして、原爆がどんなに恐ろしいものかを知っています。戦争は絶対にしてはいけないと思っています。
しかし、現在、世界には人類を何度も全滅させることが出来るほどの核兵器が存在し、また、いろいろな国や地域で戦争が続いています。愛する家族や大切な友達を奪ってしまう戦争、苦しみや悲しみしか生まない戦争をなぜ人間は起こすのでしょうか。わたしは、このような苦しみを味わいたくはありません。また、未来の子供たちにも味わわせたくありません。そのためには、私たち自身が平和のために何が出来るかを考え、努力しなければなりません。
そこで、私たち自身を振り返ってみましょう。毎日の生活の中で、自分と意見が合わない人を避けたり、時には相手を傷つけたりすることもあるのではないでしょうか。周りの人たちと、話し合ったり、助け合ったりできたら、人々が住みやすい、平和な社会になるのではないでしょうか。
私たち長崎の学校に通う生徒は、毎年平和学習を通して、原爆や平和に対する思いを深めています。毎年被爆体験をお話ししてくださる方々はみんな、核兵器の廃絶を願って、ずっと「語り部」として私たち若者に原爆の悲惨さなどを教えてくださいます。被爆地長崎に生まれた私たちも、被爆者の方々の思いを受け継ぎ、原爆の恐ろしさや悲惨さを日本中に、さらに世界中に伝えていきたいと思います。身近なことでは、自分自身が今すぐできること、お互いが相手の立場に立ち、わかり合う努力を重ね、助け合いながら生活をしていこうと思います。
私たちは、ここ長崎が最後の被爆地となることを願い、戦争のない平和な世界を実現するために、わずかでも一歩一歩しっかり前進していくことを宣言します。
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